怒られる大人たちとパワハラ対策

「怒られないよう、頑張ります」
「怒られてばかりで辛い…」

企業研修や社員カウンセリングをしていると、こんな言葉が漏れ出てくることがある。口に出しては言わなくても、上司や同僚、クライアントから「怒られないように」という感覚を覚えながら、ときには、そのことに怯えながら仕事をしている大人も実は少なくない。

職場における様々な状況下で、力関係を使って他者に恐怖感を与えることは、ハラスメントである。残念ながら今の日本の社会ではいまだに根強く残っているものであり、パワーハラスメント問題の中には、「怒られる大人たち」が実存している。

大人として、社会人として「怒られる」とは、どういうことなのか?と改めて思う。時折テレビで「最近怒られたのはいつですか?」と成人男性に街頭インタビューしているのを見かけるが、恐らくそういった質問が放送ネタになるのも日本独特な風潮である。

私たちは、子供の頃から何かにつけ「怒られて」育ってきたように思っているのではないか。本来「やってはいけないこと」に対して「叱る」という躾の一部だったとは言え、怒られる経験と記憶を積み重ねて育ってしまったような。

そもそも、より良い方法を教示する叱る、と怒りの感情を出す怒る、はまったく違う行動だ。しかし、その違いは、当事者同士が体感的にどう経験したかでしかわかり得ないのかも知れない。その継続的な経験から、いつしか無意識に、怒られることを避けるための思考と行動をするようになる場合もあるだろう。もしくは、何かのきっかけから、怒る側に周ってしまうことで、今までの怒られる経験と記憶が、他人に対して爆発するような現状も引き起こす。

パワーハラスメントの状況を作り出すのは、怒る大人、怒られる大人、両方の潜在的なメンタリティが関係している。何が(誰が)正しくて、何が(誰が)間違っているのか。その追求だけに支配されてしまうあまり、人としての大事な叡智を見失ってはいないだろうか。私たちには「お互いにとってより良い方法を共有する」ための叡智がある。それは、言葉、態度、在り方そのものを磨いていくことであり、それが働き方改革になる。

惜しまれて亡くなった野球界のレジェンド、衣笠祥雄さんは有名な言葉を残された。「野次と罵声では、人は育たない」と。

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