レジリエンス能力と折れない心

近年、ビジネスマネジメントや社員教育でも良く聞くようになった「レジリエンス能力」。このレジリエンスを、「折れない心」を手に入れる得策として捉える傾向も強くなっています。

「折れない心」を求める人は多いのです。「折れない心」でのネット検索数は約2760万件、「折れない心の習慣作り」「折れない心の育て方」など、心療内科や産業医などの専門家たちの書籍や関連サイトがたくさん出てきます。心が折れる…英語で言うとHeart broken, broke offなど。言語が違えども、実質を持たない「心」の状態を、折れる、壊れると表現したくなるのは、人間なら皆同じなのかも知れません。

会社の場合、「折れない」よりも、さらに「打たれ強くなる」という表現が好まれたりもします。では、「折れない」「打たれ強い」を導くレジリエンスとは、どんなものなのでしょうか?

レジリエンスとは

    【回復力、弾力】

という意味で、“ゴムのような弾力性の高いもので、押しつぶされてもすぐに原型を復活できる”、そういうものを指しています。日本でますます注目が集まってきているポジティブ心理学でも、「逆境から素早く立ち直り、それをバネに成長する能力」をレジリエンスと定義しています。

会社組織では、折れない、打たれ強い、逆境をバネにする、そんな社員こそが強い人間、すなわち

    【優秀な人材】

とされているのです。レジリエンスという言葉が輸入されてくる前から、誰もが心の中で「そうなれれば、どんなに楽か」と思っていたことです。そう、私たちがさまざまな意味で、

    【強くなれる】

と思えるのは、実は外的なことよりも、ずっと深い内側にある感情の部分で「楽(安堵、安心、平穏、清らかな感覚)」を実感しているときなのです。

安堵、安心、平穏、清らかな感覚、これらがレジリエンスの原動力です。「自信」という言葉に置き換えてもいいでしょう。この原動力が蓄っていないと、レジリエンスを頭で理解していても、力として発揮していくには燃料不足となってしまうのです。

「打たれ強い」だけがレジリエンス能力を持つことならば、人は常に打たれまくって鍛えられてこそ強くなる、というハラスメントぎりぎりのコンセプトが生き残ってしまいます。

    【立て!立つんだ!ジョー!】

ハラスメント大国、ストレス社会、そんな日常生活の中で燃料切れの心のまま、「レジリエンス能力を鍛えるため」と言って、打たれ続けることに耐え、酔いしれていては、結果つぶれます。

最終ゴールは「いくら打たれても痛みを感じない人」になるのではなく「いかにすばやく、関わる誰もが、楽(安堵、安心、平穏、清らかな感覚)を実感できる状況にする知恵を出せる人になるか」なのです。鍛えるべきは痛みを我慢できる力よりも、痛い状況を改善する柔軟な知恵です。

レジリエンス能力の要素のひとつとして「楽観性」があげられることも多いのですが、残念ながら日本人の気質にはそもそも向いていないものです。無理に楽観性の追求をすることで、挫折したり、とん挫させてしまうよりも、「知恵を磨く」ことの追求の方が気質にも合っていますし、ストレスは少なくなります。

レジリエンス能力を高めて、折れない心を持つには、もともと誰の心の中にもある「楽(安堵、安心、平穏、清らかな感覚)」という感情、感覚に目を向けること第一歩となります。私たちの心が「楽」を実感するのはどういうときなのか、「楽」を多くの人と共有するには、どんな言葉、行動、生活を意図的にこころがけていくべきなのか。生活習慣や環境はどう改善すべきなのか。

そうしたことを心身ともに「安全、安心な状況」に身を置いて、再考することを考えてみてください。折れた心のまま打たれることに耐えながらでは、人の中のレジリエンスは成長しないのですから。

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