アドラー心理学から学ぶ「企業文化と理念浸透」

ベストセラーの一つ「嫌われる勇気」は、複数年に渡りビジネス書売上の上位にランクされ、アドラー心理学の認知を広めることにも一役買った書籍である。売上が100万部を超えるロングランには、少し刺激的なタイトルが読者層の興味を引かせるマーケティング効果も手伝っているであろうが、そこで説かれるアドラーの指摘・主張が、現在の社会に符合し、求められていることを示しているとも言えるだろう。今回はそのアドラー心理学のエッセンスの中から、職場という観点から3つ取り上げたい。

1.「人の悩みは全て対人関係に帰着する」
モノが充足し、人の動機付けに占める物欲の割合が低下する社会では、よりメンタル面での要求が強まっている。
そこで大きな要素となるのが周りの人との関係性であり、「全て」とまでは言わずとも、人の抱える課題の多くが家庭や職場での対人関係に起因し、その改善が課題の解消につながるという場面は今後も増え続けるであろう。

2.「認知論」
アドラーの言う認知論とは、同じ現象でも、個人によって主観的な意味づけは異なるという意味だ。確かにチームで同じ言葉を使い、同じ事実やデータを見ていても、各人の主観的な捉え方=認知は一致することの方が少ない。個人の主観的考えは、自身の知識、経験に基づいて形成されるが、70 億人が住む広い世界で一人の人間が持ちうる知識や経験の範囲は狭く限られていることを考慮すれば、人によって認知が異なるのは当然のことであろう。それを前提とすれば、職場での対人関係、顧客との関係やアウトプットの仕方など、仕事におけるあらゆる場面で相手の認知を推し量り、認知の違いを埋める努力が必要となる。

3.「共同体感覚」
人は社会の網に組み込まれており、自分の利益だけでなく、共同体の利益を考えて行動し、共同体への貢献が、共同体において醸成される信頼感と共に、自身の幸福につながるという考え方だ。ただし、その感覚は人が生まれついてから持つものの、無意識下に潜在してしまうため、意識して育成する必要があるとも指摘している。確かに、会社などの組織内、そして取引先や協力先などのステークホルダーを含めたつながりも共同体のひとつと捉えれば、そうした考え方は職場にも当てはまると共に、共同体感覚が育っておらず「私的理論」を振りかざす人が多い職場環境では、そこで悩む人も少なくないといえよう。

 
「こうした観点を鑑み職場で進めたいこととの一つとして、「企業文化と理念浸透」を挙げたい。

会社組織が目指すべき方向や重きを置く価値観に、そこで働く人が共感を持つことは、共同体感覚の醸成に大いに寄与する。但し、その前提として組織が、共同体感覚が定着した人達で構成されていることが必須である。つまり、労働人口が減少で人材の採用は苦難を極めるが、さらに共通の価値観を持った人間をどう集めるかが重要な鍵となる。認知論が諭すように、メッセージの受け取り方は人によって異なるため、組織文化や理念の一方的な押し付けはできない。いかにして、採用時に見抜くのか?企業側の明確なメッセージの打ち出しが最初の一歩となる。

但し、価値観が揃う人材を集められたとしても、認知論の違いまでは埋められない。そこで、継続的な社内コミュニケーションに通して、経営と社員、社員間で互いの理解を深め、信頼感を高めていくことが必要だ。企業文化と企業理念は、その際の共通軸となるだろう。

共同体感覚は、Googleがチームの生産性向上への最大キーとする「心理的安全性(psychological safety)」をはじめ、様々な働く方への指摘とも整合する。アドラー心理学の目指す所は個人の幸福にあるが、ここで挙げたポイントの改善は、会社などの組織における環境、そしてそこで働く個々の人が置かれる環境、両面の向上につながるはずだ。それが、ビジネス書としても多くの読者に響いているのであろう。「嫌われる勇気」に続く、アドラー書の2冊目のタイトルは「幸せになる勇気」だ。幸福な働き手を増やしていくために、働き手自身と、会社つまり経営側が共に「勇気」を持って取り組んで行きたい。