パワハラ上司の武勇伝2018

クラフトビールの大手会社が、2050代の会社員800人を対象に行った「飲み会実体調査」で、上司との飲み会で体験したことは何か?の問いに64%が「武勇伝・自慢話」と答えたという。

どこの飲み会でもありそうな話ではあるが、武勇伝が日常業務でパワハラに姿を変えてしまってはいないだろうか。

「自分の若い時は怒鳴られたり、殴られたりしながら仕事を覚えたもんだ」

今時の職場で堂々と身体的暴力をふるう上司はもういないだろうけれど、武勇伝がパワハラの種になり得るなどとは夢にも思わない人は多いものである。そもそも武勇伝とは「伝記」のレベルのものを自分以外の人によって語り継がれてこそ美しい。自分で語っては美しさが軽減する。さらには「武勇伝」が「自慢話」に転じてしまえば、その経験を通して誰かに何かを伝えたいという目的を果たせるはずもない。

パワハラが起こる職場環境に「往年のスーパースター」としての歴史を生きる上司が存在する場合がある。自身の武勇伝の経験を熱血指導にいて部下を成長させるという想いを強く持つ人はヒーローなのか悪者なのか。

熱い想いを持つことがハラスメントと受け取られる…「残念ながらそういう時代なのだ」で終わらせてはいけない。部下に「パワハラだ」と言われないように、ビクビクすればいいのでもない。ハラスメントとはどうして起こるのか、相手を思うからこその熱い想いが伝わらないのは何故なのか、そこに真剣に向き合うべきなのだ。

自分自身をパワハラの加害者にも被害者にもしないためには、知識を持つことに加えて、感受性を見直すことが必要だ。上司であれば、自分の言動に対して部下がどう感じているのかを敏感にキャッチする感性を、同僚や上司に対しては自分がどんな価値観や目的で仕事に向き合っているかを伝えられているのか。

パワハラをはじめとするハラスメントは、個々の小さな感情や認識のズレでどこの職場でも誰にでも起こり得る。社内教育でハラスメントの知識や認識を共有すること、自己の感受性を見直し、自分自身の感情に責任を持つ習慣を持つことで軽減する。

飲み会での上司のエピソードに、誰もが大いに笑い、士気を高めあえる、武勇伝とは本来そういうものであるべきなのだ。