新卒に英語力は要らない!

2017年9月24日にTBS系で放送された番組「林先生が驚く初耳学!」での、林修氏の「英語ができる」に対する持論が話題を呼んだ。

林氏は番組内で、日本の某有名企業の新卒採用基準を例として出し、

1:英語ができて、仕事もできる人
2:英語ができて、仕事ができない人
3:英語ができず、仕事はできる人
4:英語ができず、仕事もできない人

当然ながら、採用したい人材のトップは、1の「英語ができて、仕事もできる人」。その次は3の「英語ができず、仕事はできる人」、その次は4の「英語もできず、仕事もできない人」だという。「英語ができて、仕事ができない人」が最下位になった理由を、「英語ができることを、仕事ができる、と勘違いする人が一番使い物にならない」と語った。そう勘違いする学生側も、雇用する側も問題あり、なのだろう。さらに林氏は「日本社会は、物差しが狂っていると感じることがある」「英語が話せるかどうかより、何を英語で話せるかが大事。英語が話せても、話す内容を考えられる思考力がなければ意味がない」とも語った。

英語力=グローバル対応力?

日本の「英語史上主義」は、長年の風土のようにもなっている。少なくとも英語力だけではグローバル化には結びつかない。英語はもちろん、外国語を習得することは、プライベートでもキャリアでも、生きている世界が確実に広がる。ただし言語はツールであり、重要なのは「思考力」「順応力」「人間力」。つまりはそれらが「グローバル対応力」を形成するのであり、会話は成り立っても、グローバルな姿勢と対応力無くしては相互理解もそこから生まれるものも限界が作られてしまうのではないだろうか。

日本では義務教育での外国語教育も、外国語スクールも充実している。短期長期に関わらず海外留学経験者も多い。日常生活の中には横文字とカタカナが溢れており、海外のニュースやトレンドはほぼ時差もなく届く。さらには一般メディアで、気軽に当たり前のように海外取材が行われる特異なほどに恵まれた国である。これほどまでに、国際的な言語環境や情報に恵まれている中で暮らしているのに、グローバル対応力が欠けているというのはいかがなものだろう。グローバル人とはどう育つのか。

1:他国の文化、歴史、習慣を知り、認める。
2:他国と自国との違いを、優劣の判断ではなく理解する。
3:違いから生まれる素晴らしい結果を導くための、知恵と行動を惜しまない。

そして、ここにツールとしての語学力が加わる。

日本企業の海外進出は今後も成長し、日本国内での海外からのビジネスチャンスはさらに拡大する。外国人雇用も国内・海外を問わず、必須となる時代を迎えている。これからの日本企業に求められるグローバル対応力は、会社文化や働き方の見直しといったワークスタイル改革をはじめ、個々の社員に向けての異文化コミュニケーションやグローバル・ダイバーシティ社会の理解を深める取り組みをしていくことで、強めていくことは可能性なのである。

あなた自身の、あなたの会社の、国際力。どうですか?

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【海外進出】名前が先か、会社名が先か

海外進出や国際ビジネス展開の機会は誰にでもある時代。欧米にレターや荷物などを送った経験をお持ちの方はご存知の通り、日本と英語圏では宛先の表記順位が異なる。日本では郵便番号、住所、会社名、部署、そして氏名の順だが、英語では全く逆の順番で表記する。

同様の慣習は、ビジネスの場にも見られる。例えば名刺の標記順も、英語圏では最初に氏名があり、タイトル、部署名、会社名はその下に記載される。日本では近年変わりつつあるが、まず会社名が一番上、その下に部署や肩書、最後に氏名という順が主流だ。また、自己紹介においてはさらにわかりやすい。日本では「○○会社、△△部の××と申します」、海外では「××といいます。仕事は△△(部署ではなく職種)、現在は○○で働いています」が一般的である。

こうした習慣は、責任と権限における組織と個人の占める比率の、日本と欧米の差異をわかりやすく反映して見せてくれる。日本では一般的に、組織やグループへの所属意識が高い、いわゆる集団主義的で、意思決定もグループなど組織単位で行われやすい。一方で、海外ではより個人の裁量や責任が大きい個人主義的な傾向がある。その違いは、ビジネスシーンでも会議の多さや長さ、決定事項のプロセスやスピード、さらには人事評価や報酬制度、職場環境そのものにも反映されている。

ヘールト・ホフステード氏による研究に、個人主義の度合いを国別にスコア化し順位付けしたものがある。

Individualism(IDV) 個人主義傾向の強さ

日本の順位30位(65か国地域対象)

納得の首位のアメリカをはじめ、欧米国が上位を占めるが、日本は意外にも中位にランクされている。インドと同列、香港やシンガポールよりも上位にあり、世界全体からすれば日本は完全なる集団主義的とは言い切れないようでもある。集団主義と個人主義のどちらが良いと言うことではない。社会や文化といった環境、経営の考え方等により、適切とされるバランス点は個々の企業によって異なって然りである。むしろ事業展開の取引先や海外進出する国、雇用する人の国籍や文化背景によって、集団主義と個人主義の傾向を読み取りながら対応する配慮と柔軟性が求められるであろう。この柔軟性こそ、国際力の高さともなる。

ちなみに中国の住所表記は、日本と同様に住所が先に来る。かといって、個人主義の度合いは、日本よりもむしろ米国に近い。意外と多い中国と米国の共通点については、また別の機会で論じるとして、ここでは文化は多様であり、ある側面だけでは語れないという例として捉えておきたい。

名前が先か、会社名が先か、そしてあなたは誰ですか?

郵送物の宛先や会社の名刺の表記順を自分都合だけで変えることはできないが、自身の裁量で変えられることはある。自己紹介で自分をどう表現しているのか、自分は会社にとってどんな存在なのか、仕事とは自分の人生における何であるべきなのか、あらためて向き合い見直すことはできる。それは、仕事と人生における意識の変化にもつながるであろう。

これからの時代、海外進出、日本国内での国際ビジネス展開、外国人雇用、フリーランサーや副業などは確実に増えていき、日本でも個人主義の度合いが高まるのは必然である。ビジネスシーンではアジアでも欧米的な慣習が主流であることを鑑みると、個人も会社も個人主義への意識を高めることをお勧めする。

文:鈴木一秀 シニアコンサルタント

 

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